今週と来週は、連絡帳の代わりに園の様子の一部をお届けします(^^♪
空手にお散歩に、お外遊びに…と、各々の活動を楽しんでいたこども達でした。2月のマラソン大会も近づいてきているので、鬼ごっこなどの走りを伴う遊びも活発に行われるようになってきました。お父さん、お母さんも走るかもしれませんので、おこさまに置いていかれないよう、体力をつけておいてくださいね。笑
明日はいよいよ、未満児さんのおゆうぎ会です。楽しんでステージに立ってくれることを願っています!登園管理はいつも通りアプリで行いますので、タグをお忘れにならないように。
明日もよろしくお願いいたします!
園長
















※活動の場所やタイミングの関係で、撮れていないクラスがあります。来週は撮れるようにしますね。すみません。
すっかりと寒くなったかと思いきや、今日の昼は半袖でもいいぐらいポカポカで。今日は未満児さんのお散歩に同行しました。前に通った時よりも、果実が熟していたり、植物が枯れていたり、季節の変化を楽しみながら足取り軽やかなみんなでした。
11月も最後の開園日を迎え、今年も残すところあと1ヶ月となりました。
残り1ヶ月、感染症に気を付けながら外でいっぱい遊びたいところですね。
今月も、写真のあとに保育・子育てに関してちょっと語りますので、ご興味ある方はぜひご覧ください(^^♪
今月もありがとうございました。来月もよろしくお願いいたします!
園長








先日園庭で遊んでいると、ある場面を目撃しました
AくんとBくんがボールの取り合いになっていました。取り合いはやがて叩きあいに発展し、AくんはBくんに顔をたたかれ、泣き出してしまいました。
そこにCくんがかけつけてきて、「Bくんなにしてんの!、Aくん、一緒に遊ぼう」と手を引いていきながら、Bくんには「はいってこないでよ!」と告げていました。
みなさんは、このCくんの行動をどう思われますか?善いですか?悪いですか?それはなぜですか?どんな声掛けが必要だと思いますか。
これだけの情報だと、わかりませんよね。背景がわからないからです。
単純に、Aくんへの思いやりからの行動かもしれませんし、ボールを手に入れるという目的達成のためのアライアンスかもしれません。また、“仲間外れ”の行動の背景には、「悪人に対する悪は許される」というような考えが存在する可能性も考えられます。
それぞれ、どのような考えで、どのような問題があり、どのような対応が考えられるかと話していくと長すぎるのでやめておき、私が今回述べたいのは、場面を切り取ってはいけないということです。
ちょくちょく「私は全部見ていた」という人がいますが、一部始終を見ていたとしても、それが“全体”ではありません。
人は人生という文脈の中で生きていますから、午前中や昨日、先月等々、過去と繋がった今を生きています。どんな行動にも、背景や考えがあります。文脈によって、とっている行動の意味の解釈は大きく変わります。意味の変化とともに、同じ行動の社会的価値が善から悪に、悪から全に一転することもあるわけです。
見せかけだけをとらえて背景がわからないままでは、明後日の方向の声掛けをしてしまうかもしれません。ですから、われわれおとなには、こどもの表出する行動や言動だけにとらわれない考え方が求められます。こどもを観察したり、対話したりしながら、文脈を丁寧に紐解いていく必要があります。
年齢が上がるほど、喋られるようになるからわかりやすくなるかと思いきや、直接的ではない争いの様相が現れ始めますし、攻撃の様相を呈さない攻撃も行われるようになります。
大人から見た“よい子”な振る舞いが、ただの攻撃衝動、快楽衝動だということもありますし、”困った子“な振る舞いが、他者への思いやりだったりもするわけです。
見せかけにとらわれず、こどもの人生の文脈を楽しんでみてください。小さくてもちゃんといろいろ考えていますから、とってもおもしろいですよ。
10月11日に、運動会が行われました。
今年度は、保護者参加型の種目が多く、家族みんなの笑顔あふれる運動会になったのではないかと思われます。
運動会のねらいは、「うんどうするってたのしいな」と感じてもらうことです。それは、運動会の本番だけが楽しければ良いのではありません。
運動会への動機づけから始まり、練習期間、本番、そして終わってからの日常という一連のプロセスの中で、からだを動かす楽しさ、心地よさを味わってほしいなと思っています。
そのきっかけとして、運動会が設定されているだけであり、運動会本番が全てではありません。「運動会は楽しかったけど、練習はもうやりたくない」、「運動会が終わったから、もう運動したくない」みたいになってしまっては意味がありません。
そういった視点からこども達を観察すると、今も活発に体を動かして遊んでおり、ねらいに迫るいい運動会になったのではないかと思われます。ご協力いただいた保護者の皆様、ありがとうございました。
今月も写真のあとに保育についてちょっと語りますので、お時間のある方はぜひご覧ください。














今月は、せっかくなので運動会をテーマに書きたいのですが、運動会だけで10個ぐらい記事が書けそうでテーマ設定に悩みます…。行事になると、「がんばる」が重視されがちなところがありますので、いつか書こうと思っていた、「がんばる」について考えてみたいと思います。そもそも、がんばるって何?という話は、長くなるので置いておいて…。挑戦的なタイトルなので、モヤっとしながら読み始めていただいて、最終的にモヤモヤが解消されれば幸いです。
「こどもはがんばりません」
人は、自分のやりたいことに夢中になって取り組んでいるとき、本質的には頑張っているのかもしれませんが、当事者の意識としては、まったく頑張っていません。そういった意味で、こどもに「頑張らせない」ということが、重要な視点のひとつだと考えています。私もよく「頑張ってるね」と言われますが、やりたいことをやっているだけなので、まったく頑張っていません。
保育園で大事にしたいのは、こども一人ひとりの内側から湧き出てくる興味・関心を、とことん突き詰めていくことです。自分がやりたいことに夢中になって取り組む状態になりやすいので、端から見ていると「がんばっている」ように見えます。
一方で、大人にほめてもらいたくてとか、怒られるのが嫌だからとか、外からの力で“頑張らされて”いる状態もよく見かけます。これも同様に、端から見ると「がんばっている」ように見えます。
どちらも「がんばっている」ように見えてしまうので、同じものだと認識されてしまいがちです。
ここの区別がつかずに、実際はがんばらされているのに、やりたいことだと誤解されて、さらに頑張らされてしまうのは恐ろしいです。一方で、やりたいことに夢中になっているのに、「そろそろ休んだら?」、「違う遊びもしたら?」みたいに水を差されてしまって台無しになるのも恐ろしいです。
ここを区別し、見極める力が、保育者や保護者など、こどもと関わる人には大事だと思っています。
ずーっと“がんばらされてきた”こどもは、次第に内側から湧き出てくるものがなくなり、自分で目標を見つけて努力をする力を失います。がんばらせてくれる人が近くにいないと、何もできない人になります。「やりたくないことも頑張ることで成長する」とか、大人は都合のいいように色々言いますが、がんばらせなくても成長します。自分の興味のあることを、自分で工夫しながら、その周りにあるものも含めて、大人も驚くほどのレベルまで。
私は、夢中になってキラキラしているこどもの目が大好きです。笑顔でも、真剣な顔でも、集中して口があいてしまっている顔でも、その目の奥から感じる生き生きとしたものがあります。がんばらされて光のない目とは、全然違います。
行事や保育の内容も作り替えていきながら、よりよい園にしていきたいですね。
誤解が生じないように最後に念のため、
「大人のやらせたいことを、頑張らせる保育」は、その場の見せかけはいいかもしれませんが、こどもの主体性をはじめとする様々な資質を奪います。
当園では、「こどもが自分の興味のあること、やりたいことに夢中になる保育」を目指します。
今月もありがとうございました!来月もよろしくお願いいたします!
園長
今月は10日間入院していたことなどもあり、更新が滞ってしまいました。申し訳ありません…。
十五夜祭りがあったり、わんぱくテレビの取材が来たり、芋ほり体験があったりと、今月も様々な体験をしたこども達でした。保護者の皆様、テレビ取材に芋ほりと、急な日程変更にご対応いただきありがとうございました。
10月は、来年度の入所に向けた園見学の方々が多くお見えになりそうです。お客さん大好きな元気いっぱいのこども達と、お待ちしております(^^♪
園見学のお申し込みは、公式LINEか、お電話で承っております。ご不明な点につきましても、公式LINE等でお気軽にお尋ねくださいね。
今月も、写真のあとにつらつらと独り言を書いておりますので、園長の頭の中身に少しでもご興味のある方は、ぜひお読みください。(先日、ある保護者が「毎月楽しみに読んでます」と声をかけてくださいました。ありがとうございました(^^)/♪)
今月もありがとうございました!来月もよろしくお願いいたします!
園長









こどもは大人のマネをして育ちます。
いきなり堅い話ですが、ヒトは他の動物と異なり、寝返りすらうてない状態でこの世に生まれ落ち、ほとんどすべての能力を生後に獲得していきます。
そして、そんなヒトの能力の獲得において中核をなすのが、「模倣(もほう)」です。厳密には意味が違うのですが、この記事では平たい言葉で、「真似」と言います。
大人が普段何気なくとってしまう行動の中には、こどもに真似してほしいことも、真似してほしくないことも、どちらでもいいことも、いろいろと混じっています。
こどもは、善悪を判断する能力がまだ発達しきっていませんから、真似していいことなのか、しないほうがいいことなのかの判断がうまくできません。ましてや、お父さんお母さんや保育園の先生が「良くないことをする」とは思っていませんから、適切に判断をすることは、より難しいです。
こどもが真似しやすいものとして、怒り口調や責めるような言葉かけがあります。「いい加減にしなさい!」とか、「しずかにしなさい!」とか、「こら!だめでしょ!」みたいな怒り口調は、真似しやすいです。
また、お茶をこぼした子に対して大人が「もう~!」みたいな言葉かけをしていると、怒られた子も、周りでそれを見ていた子も、後々「もう~!」とか、「あ~!」とか言って失敗した子を責めるような言葉かけをするようになります。
言葉以外の例としては、お片付けをする際に、大人がぽいぽい物を投げて片付けていると、こどももぽいぽい投げてみたくなりますし、大人が黙ってこどもの手から物を取り上げていると、こどもも自分より力の弱い者から黙って物を取り上げてみたくなります。
これらの「真似」は、目の前でする(即時模倣)場合もありますし、時間をおいてする(遅延模倣)場合もあります。「自分の前ではやってないから大丈夫」なんて思っていても、真似してほしくないことを、自分のいないところで真似されてしまっているかもしれません。
ですから、保護者や保育者のようにこどもに関わる大人たちは、こどもにとってほしい行動を、普段から自分もとるように心がける必要があります。
ものを投げないでほしいなら、自分が普段から丁寧にものを扱う。
乱暴な言葉を使わないでほしいなら、自分が丁寧な言葉遣いを普段から心がける。
失敗した子を責めるような人にならないでほしいなら、自分が「ケガはなかった?」、「大丈夫?」など、思いやりのある言葉かけをする、等々、心がける場面は多岐にわたります。
私もそんな高尚な人間ではありませんから、今のはよくなかったなとか、もっと違う言い方がなかったかなと思う事が多々あります。
でも、「よくなかった」と気付けない人よりも一歩前にいるのかなと考え、あまり悲観的にならず、日々、いきいきと楽しくこども達と接するようにしています。
いきいきと楽しそうに過ごす大人の姿こそ、一番“模倣”してほしいものだからです。
子育て中の皆さん、様々な苦労があるかと思いますが、思い詰める必要はありません。行き詰まりそうになる前に、我々保育者になんでも相談してくださいね。少しでも前向きになれるよう、お力添えします。こども達には、いきいきと楽しそうに過ごす大人の姿を見せていきましょう(^^♪